沖縄・八重山・与那国・民謡・清ら歌(ちゅらうた)・島唄

「CDにした訳」と「掲載趣旨」

なぜ、CDにしたのか

 八重山諸島の最西端で、古くから民謡の宝庫でもある与那国島。そこに伝わる子守唄と童謡が島の古謡を唄い継いできた福里安展により初めてCD化されました。

 福里安展の父福里武市は1970年、共著で『与那国島民謡工工四』を上梓した民謡の名手でもあります。武市は「子守唄と童謡」の工工四も16年かけて編纂しましたが、曲のレコーディングの夢は叶わず1978年に他界しました。

 息子、安展は病気治療中ですが、危機を感じ、何とか早めに父の遺した貴重な唄を伝えなければならない、という思いに駆られ、「子守唄・童謡」をCDに収録しました。歌詞と楽譜は残っていますが音としては残っておらず、もし、今、CD化して残さなければ音は消えてなくなってしまうという思いがありました。ようやく、40数年たって『与那国島の子守唄と童謡』のCD化ができ、保存することができました。

取材・掲載依頼の趣旨

 CD『与那国島の子守唄と童謡』では当時の島の子供たちの様子や島の生活が素朴に唄われています。島への思いや土の香りにあふれ、温かみのある声で優しく、時には力強く唄い上げています。

 しかし、「子守唄・童謡」が唄われなくなって、島出身者の中には、おばあちゃんの子守唄で優しくさすられながら寝たことや童謡を唄いながら遊んだことを懐かしむ人もいますが、一方で、島にどんな子守唄あったのか知らない人や、子守唄を唄ってもらったことのない人もいます。今回、初めて子守唄4曲、童謡7曲が収録されたのを機会に、島の内外を問わずたくさんの方に『与那国島の子守唄と童謡』の面白さを伝えられれば、と願っています。

 唄の背景や言葉、旋律・節回しも貴重な資料ですのでCDと併せて本も発行しました。11曲それぞれに言葉・歌詞の意味や唄の背景の生活解説、工工四が書かれています。与那国島の子守唄には古語が息づいています。例えば唄「は-で-」では古語の尊敬語で~どうぐいわりよ~(どうかお休みになってください)と唄いながら寝かせます。古語の抑揚と節回しが溶け合って安らかな眠りを誘います。与那国島の子守唄は無理矢理寝かしつける言葉ではなく敬語で優しく歌われているのも特徴です。武市は、子守唄・童謡と言えど正確さが必要であるので、実際にその場所に出かけて名称が合っているか否か一つ一つ調べました。たくさんの方に『与那国島の子守唄と童謡』の旋律・節回しや言葉の使い方、地名などにも興味をもって楽しんでいただければ、幸いです。

 また、方言の情を旋律にのせて歌ったり聴いたりすることで失われゆく島言葉や子守唄・童謡のよさを思うことにつながるきっかけになれば、と願っています。

福里安展(ふくさと・やすのぶ)プロフィール

 1949年生まれ。与那国島出身。沖縄本島豊見城市在住。父は与那国島で著名な民謡の唄い手であり、指導者でもあった福里武市。幼い頃から父の唄う古謡を始めとする島の民謡を聴いて育ち、父が残した島唄の昔の姿を歌い継ぐ活動を続けている。今では島でも唄える人も殆どいない古謡を後世に伝えられる貴重な唄い手である。名手であった父、福里武市譲りの味わい深く温かみのある唄声は、与那国の唄の心を誰よりもよく表していると評される。ここ10年は首都圏での演奏活動を行ってきており、還暦を超えてなお力強く、温かいその唄声で首都圏にもファンが多い。

問い合わせ先

奥津澄江(090-5212-5478)  TEL・FAX:044-833-7834
 与那国島出身、神奈川県在住。与那国島の古謡や子守唄・童謡の掘り起こしや伝える活動に携わる。

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional